2011年9月26日月曜日

本日はCJ会9月例会

本日は、第104回のCJ会9月例会です。

月に一回の集まりで、色々な意見と、個々の考え方を交換して自己啓発を行いのにうってつけの場だと改めて思いました。
会社へ戻ると、トップの存在である人が、この場では一人の所沢市民となり社会人として商売人として異業種の意見は大変面白い世界です。
それぞれの日々の生活で培った教育と常識をもとに新たな勉強ができ、また一番落ち着いた場でもあります。
最近は、面接する機会が多くなり、常識と非常識・行動力と口先のみなど色々な人と会う事で考えさせられます。
我々の行っている行動・意見・考え方が、はたして正しいものなのか、わかりませんが正しいと思い行動していきたいと思います。

基本に戻って、”所沢を元気に”をテーマに会一同で頑張りましょう!

2011年9月13日火曜日

仲秋に想ふ

先日、子どもの同級生の両親が謝りに来た。

謝りに伺うというのは、なかなかないことだけれども、逆にこちらが恐縮し謝ることになる。

こういう関係がとても大切なのだが、

今の世の中、当たり前だったものが、当たり前でなくなっていることを憂う。

日本は豊かな社会になった。

日本人は「貧乏」、つまり貧に対する道徳はずいぶん学んできた。

貧しくても人のものを盗んではいけないとか、わずかなものを隣人と分け合うことを教えられてきた。

しかし、豊かさを処する道徳は未熟である。

戦後日本人は死生観を失くしてしまった。

死を考えることは「いかに生きるか」の問題である。

しかし、この民族は70年近く思考停止してきた。

長年思考停止してきた人間は、2011.3.11 急に「生きかたを考えろ」と言われてもパニックになるだけ。

突然の「意味の喪失」は初めてではない。

1945.8.68.9、そして3.11と、3度も核を浴びた民族は日本だけではないか。3度目の正直...

それは、すべてを新しい方法で考え直すことができるスペースが生まれたということ。

今それが起きている。しかし、もたもたしているうちにスペースは閉じてしまう...

A.I

2011年9月12日月曜日

船舶講習会        堀米

 今日は東京湾を安全に運転する為の二回目のレクチャーを受講してきました。学科1時間、実技4時間です。

 ご存知の方もいると思いますが、東京湾(面積=1380k㎡、最大水深=700m)は想像以上に範囲が広く、北は千葉県千葉市、ディズニーランドなどから、南は房総半島館山、逆は神奈川県の三崎まであります。湾内には重要施設でもある羽田空港、海ほたる、横浜港、横須賀港など厳しい規制区域もあり、大型船やタンカーも頻繁に往来する重要航路も多数あり、一般の船は進入出来ない航路も数多くあります。東京湾が河口になっている河川も数十とあり、東京湾は講習を何度か受けないと、様々な複雑化した規制やルールがある為、船を運転出来るだけだけではかなりの危険が伴います。

 前回は隅田川、荒川、江戸川等の河川とお台場、羽田空港周辺の危険区域の講習を受けましたが、今回は海ほたる、横浜港周辺の講習を受けてきました。

 あと二回ぐらい講習を受けないと東京湾全域を安全に走れないので時間を見て受講しようと思います。
 
 東京湾だけで、こんなに大変だとは思いませんでした(+_+)

「ごっこ」は続く

今の日本人の少なからずがその度合いこそ違え、

「他者を拒否」し、現実と自らの「乖離」を「敵を抹殺」することによって、

絶対者の位置にとどまろうとする「誇張」された人生を、滑稽なまでに「遊戯(ごっこ)」し続けてきた。

大中小とそれぞれのちっぽけな世界の中に、ごっこし続けてきて、未だに続けている。

政治家はどこに所属するか否かは関係なく「ごっこ」。

つまり、戦後を否定する者たちが実は戦後の「ごっこ」の最大の受益者であり、

行使者であるという皮肉が、これからも続くのか否かが、

歴史と時代を俯瞰しながら留意していく一大事なのである。

「ごっこ」はもう終わりであることは誰もが察している。

それを様々な場面で指摘する声も多い。

しかし、それが実は「ごっこ」を演じ続けるための「ごっこ」なのではないか...

「ごっこ」は目的を必要としない。

「ごっこ」が手段であり目的である。

終わりがくるまで、その終わりとは、一気に白けるその瞬間まで、それは熱く無心に稼働する。

私の実家は小学校と隣接しており、裏には神社が
あった。

放課後は決まって近所の仲間や上下級生たちと野球や探検に夕暮れまで興じていた。

誰々が大将の役で、誰それが敵だとか、野球の選手は名前の取り合いから始まって、今でも同じである。

ボールが隣家の垣根を超えていまい、毎度その騒々しさが瞬時に止まってしまうことがある。

隣家にボールを取りに行く子どもは必死であるから、寸断された危うげな熱の線を繋げようとする。

なので、傍観している者は声をかける間などない。しかも声は冷や水であることは感覚で分かっているこらこそ、それは野暮である。

夕暮れになれば子供らは動揺し始める。

なぜならば、夕陽が沈めば「ごっこ」は終わりになることを知っているから。

誰かが「イチ抜けた」の発声をするのを怖がっている。

そしていよいよ心も友達を繋ぐ線も抑えが効かなくなる。

そして誰かが泣き、気不味い雰囲気を収拾するべく、より執着的にボールの扱いをし始める。

そこに母からの終わりの宣告がなされる...

そこでみんなは怯むのだが、リーダーは母親の声を無視するかのように、「ごっこ」を皆に強要する。

とうとう、みんなその平等から強制への変質によってシラけ幕切れとなる...

「ごっこ」がいつまでも続けば、それは幸福であることには間違いはない。

だが、それは不可能なこと...だと思いながら日本を考える。


家族ごっこ、仕事ごっこ、社長ごっこ、会議ごっこ、奉仕ごっこ....この仮想はまだまだ続く

A.I

自称優等生

「學一隅不以三隅反則不復也」

四角形の一つの角を教えられたら、後の三つの角は自分で考えれば解ること。


それさえ解ろうとしない者には、もう何を教えても無駄である。


「論語」至言。

日本の議員は、どうも教えても無駄な人間が多過ぎて、

それが選挙でこうも出てこれてしまうという筋立てが、どうも奇怪でならない。

果たして、公費を供与されるべき人材がどれほどいるか...

それでも教育しなければないのなら、いっそチャート式でやらせないと埒があか

ない。

こんなになってしまったんだ日本は...という観が議員に象徴的。

顔に張りつめたものもなく...実は勉強する機会がない。

大学四年は遊びだし、出てからはビジネスか銀行か政経塾。

そこの実地も専務ぐらいまで精進すれば一端だが、課長もいかぬうちに議員になってしまう。

すべて中途半端な教育と社会位地から脱走して議員になってしまう。

人生ローダリング...

「お父さんには世話になった」「若いしこれからは若い人だ」で入ってこれてしまう。

具体的に何を世話してくれたのか、若いがどの点の若さがいいのか...

さっぱりない空気みたいなもの...

しかも不勉強だから、アンチョコで勉強したことにせざるを得ない。

若い頃本当に本を読んでいなかったことがバレバレな政治家ばかりになっている。

遊びも徹底せず、苦労もなく、凡庸でもなく...

経歴に留学とある者がいる。

一部は認知されている者がいる反面、何を学んだか不可解な者が多い。

実は留学や旅というのは自分を学ぶことである。

欧米の議員のように、熾烈な審査や選抜をくぐり抜けて候補者になってもいない。

返す刀で切り返しも出来ず、頭の回転はマニュアルだから柔軟性もない。

意気地もないから、「先生ついていきます...」

多分、欧米の市議にも当選はできないような知徳体のレベルが日本の国政レベル...

演説・辻立ち・宗教の説法の違いさえ解らぬレベル

それは、まさに国民の鏡...

A.I


2011年9月5日月曜日

被災地より



まだまだ、被災地で活動しております。



所沢には、まったく戻れない状態ですので存在感無く・・・・



皆さん忘れないようにお願いします。


被災地では、道路は概ね通れますが、周辺の景色は変わりません。

最近では、この景色を見ても通常の景色に思ってしまいます。

再度、気持ちを引き締めて、頑張ってきます!